認知症に効く、っていうけど その2


つづきです。

「認知症に効く」って言い方、雑っ。

といえば、お叱りを受けるかもしれないけれど。でもやっぱり、しばしば目の前で繰り広げられる、「認知症に効く、効かない」論争。ぼく、巻き込まれても、いつも出口が見つからない。一方で認知症になっている本人の気持ちからすると、わらをもつかむ気持ちなのは間違いない。そしてこの論争をする人々。みんな一生懸命。だれも悪い人がいない。そうなんですよね。みんな一生懸命、よかれって頑張ってる。ぼくもそうだけど。


人類の知恵の進歩の秘訣は、やはりみんなで考えるもの、と思う。「私はこう思う。」これはすばらしい主張。ぼくなんか、いい話、ほんの少しは「自分が思いついた」って思っているけれど。たぶん、それすら人の引用を新しく組み変えたにすぎないだろうし。自分で自分のことを検証するのって面倒。だからあまり偉そうに言えない。どうせそういうの、あとでさされる。だから羨ましくも思う。人に影響を与える、という場では、必要な資質なのかもね。まあ、どういう主張であれ、ネットを使えば、あっという間に拡散する。大勢の人々がそれを知る。影響される。その裏では今の時代。常に大勢の人の「えっ、ホント?」という監視も働いている。ホントであれば。それってすばらしい人類の知恵になる。でも少しだけ間違っていたら?。実際には傷は浅くても、意外にすっとみんな引いていきます。そうされると人間ってよけい教条的になっちゃうもの。でさらに深みにハマる。これもネット社会の怖さ、かもね。こういう事例は過去に実は多い。ここでは人の中傷することが目的でないので、具体的にその事例は出さない。でも過去を振り返れば、幾人かそういう人物を誰でも思い出すはず。いまやネットはすごく発達している。英語がサクッと読める人は羨ましい。世界中の情報が手に入る。独善的な考え方は普及しない。だからこそ、いろんな目を持ったみんなを巻き込む必要もある。でね、せめてさあ、みんなで考えるのなら、同じ言葉はある程度同じ意味を持っていないと話になんないよね。なので、その典型として、「これってさあ、認知症に効くんだよ」について、しつこく、ねちっこく考えているのさ。


「これってさあ、認知症に効くんだよ」での、「認知症の何に?」の部分って、みなさんはなんだと思いますか?ぼくはね、いまふと思いついただけで、3つプラス、アルファある。一つは、認知機能の低下に対して。もう一つは、まわりの人にとってやっかいな状態に対して。世間じゃ、BPSDとか周辺症状とか言うんですよね。じつは2つの言葉を同じように使っていることって多いけど、実は意味は違う。今回はこの話ではないのでこれはカット。最後は、自分自身のあたまのすっきり感。ぼくはそれを飲み心地、っていう。そうそう、あとね、プラスアルファの部分。難しい言葉だけれども、これらの交絡要因(介在することで結果に影響する要因)があるよね。便秘とか風邪とか脱水だとかの体調とか、意外な認知症に関係のない薬とかもあるよ。(こういう交絡要因を調整するのが、認知症医療の重要な一部だとは思っているのですが、またややこしくなるので、これも機会をあらためてね。)つまり、「認知症の何に?」って、もうすでに3つ+αあるんですよ。で、まだあるかもしれない。どーすんの! でね、その取り決めなくしては、話ひっちゃかめっちゃかになるの、当然だよね。ここで認知機能というのは。今の目の前で起こったことを覚える能力であったり、注意力を働かせて計算できたりすることであったり、流暢に言葉を話せる能力であったり、味噌汁を手順良く作れることであったり、自分の置かれた状態、たとえばね、今日の日付とか、いま誰と一緒にいるとか、いまだいたい何時なのかを知る能力、とかね、です。雰囲気わかるでしょ。あんまり専門用語だすとまた、同じ意味としてとってもらうのにまた説明しなくてはならない。それを説明しているうちのこの話が長くなって飽きてくる。だから今回はこんな感じで。で、ひとつ目は認知機能の低下の遅くする。それを狙う。有名なところは認知症の薬。でもあくまで低下を遅く。なのでやっぱ認知機能は悪化する。飲まないよりも飲んだほうがよい。この話当たり前なんだけど、なかなか世間でこういうふうに浸透はしていない。だって、うちにくる受診者の方々「薬飲んでいるのですが、なかなかよくならないんです」って初診のときにおっしゃる。だって飲んでても悪化するんだって。薬の効果は測定すればよい。いまはこれらの薬は大切。なければ大勢の人々がすごく困る。で、「飲んでも悪化」。だって根本治療薬がない限り定義上そうなる。V字回復しない。あーーっ、すごーくちゃんと説明したい。でもながくなりそー。ふーーぅ。また機会をあらためて。で、これらの薬のおかげで認知症医療なるものの形が普通になってきた。それまではとってもレアな専門家しかいなかったのだから。詳しくは別の機会に。もとい!、薬の効果は世界中でしっかりと検証されている。サプリでそのレベルを狙うのはぼくは一種類知っている、けどここには書かない。相当お金かかる。やるのに相当の決断と勇気が必要。基本、極論すれば、信仰心のみ。だって万人が信じるに値する程度に検証されていないんだもん。信じるか、信じないかは、アナタ次第。強く信じれば効果だって出る。プラセボー効果、とかいうんでしょ、これって。いわしの頭も信心から、なわけ。それはそれでいいじゃん、と思ってはいるんだよ。けなしたり、否定するつもりで書いていないからね。しつこいかもしれないけれど、自分の主張をしたくて書いているんではなくて、みんなと考えるために、同じ言葉が同じ意味を持つようにしなくてはいけない、とおもってるだけ。で、この一つ目は、薬といったコンテキストにおていは本質的なテーマだと思います。おっ、なんだか長くなってきた。ふたつ目以降、次回に。


カテゴリー: 認知症の考え方