周辺症状、っていうけど その1


まあ、なんていうんでしょー。今回は

「周辺症状」ってない

、という話なんです。
考えりゃあ、わかるんだけど、ぼくはそれがわかるのに、かなり時間がかかりました。
ぼくは普段は、三鷹で認知症の専門外来(のぞみメモリークリニック)をMRIとか、においの検査とか、味の検査とか入れて本格的に実施。で、一方、ときどき東京の城南、つまりですね、品川、大田、目黒とかとかあたりで認知症専門の訪問診療をしています。この訪問診療(こだまクリニック)はもう15年近くやっていて、最近は神戸かんべ先生という、性格も、知能も、容姿も、ぼくよりも少しだけ、よい、やさしい先生を中心に動いています。のぞみメモリークリニックはまだはじめてから一年弱。まだ混んでいないので、当日にMRI検査も受けることができます。なにか気になることでもあれば、どうそ。電話で予約を受け付けています。でね、こだまクリニック、のぞみメモリークリニック、たまたまつけた名称なんだけど、先輩の医者から、「おめーは、新幹線か!」ていわれました。じゃん、じゃん


まあ、外来と訪問診療、かなり違います。なにがって?ぼくは訪問診療をずっとやって、たとえば、医療の形。生活支援という考え方を知りました。で、今回の話につながる点で言えば、薬の見方が変わりました。副作用が出ることも、きっと外来診療だけだったら、ぼくは知ることはできなかったなあ。訪問診療は外来に行けない人が相手。外来診療という立場では知らず知らずして、薬の弊害がでることだってある。効く薬ってーのは、当然副作用もある、と考えたほうがいい。とりわけ精神に働きかける薬の副作用って、出なければいいけれど、虚弱な、お年寄りにとって、あたりまえに出やすくて、意外に怖い。止めてもなかなか元の状態に戻ってこない。副作用が出たらさあ、薬を出した先生の外来に戻ってくれればいいんだけど、みんがみんな、そういう風になってない。外来に行けなくなる。訪問診療の対象者になってしまうんです。そんなこともあって訪問診療すれば、そんな特徴があるから、大勢の、薬の副作用で悩む人々に出会うわけです。ぼくの尊敬する、石川県の県立病院の院長、北村立先生。なんとぼくと同い年。ぼくよりやせている。この病院は精神科病院。でも、おとなしくする薬を加える病院ではなく、できるだけ、抜く病院。どうにか地域で生活することをめざす精神科病院なんです。これも当たり前ですが、精神科の先生のほうが、精神科の薬の副作用をよく知っている。それだけに痛ましい事例をたくさんみている。もちは餅屋。効能ばかり強調する形で、副作用のことを過小評価しないほうがいい。精神科医がいまや導入薬としてあまりつかわないような、精神科系の古い薬を処方してしまうことはぼくは勧めない。心配なら副作用を知っている専門の人に聞く。きけないのなら、一剤、心にきめ、少量出す。びびりなら毎日薬を出した人に電話すればいい。(あっ、せん妄との区別はしっかりする必要があるけどね・・・。言うは易く行うは難し、だけど。)そのほうがはるかに安全。医師が忙しければスタッフがかければいい。まあ、そういう薬出さないに越したことはない。でも、たしかに家庭の状況によっては、おとなしくなる薬を出さざるを得ないときがあると思います。でもどうせ処方するのなら、副作用のことをしっかりと伝える。そして副作用が出るといった不安が少しでもあるのなら、毎日電話すればいい。こういう表現は医師向けだけれど、読者が受診者の方であれば、変化があれば、その薬を処方していただいた先生にすぐに相談すればいい。かかっている医師はとても丁寧に一緒に考えてくれるはず。医療とはだれものものか。いつもぼくは、こういったときに自問自答をせざるを得ない。たしかに、薬を使えば、あんなに暴れてた人が、借りてきた猫のようになる。でも、訪問診療で、そういうふうな人々をみて、さらにその後も訪問して、そして亡くなる。その人の人生の後半の後半にぼくらはお付き合いをした。そうして、自分を振り返る時がある。「本当によかったのかなあ?」って、思わざるを得ない。だれのための医療なのか。医療とはなんのためにあるのか。そのひとの痛みを取るのとは違う感触なんだ。とっても難しい疑問なんだけれど、薬をつかって穏やかにさせるって、だれのためなのか。10年以上前だけど、そういう薬を使えるようになって、ぼくは、認知症医療は家族のためにある、って思ってたこともあった。たしかに、家族は喜んだ。本人も、はやくおとなしくなり、だんだん、みずからの不満や不平も言わない、周囲にとって、よい人になったけど。
でもねぇ、毎日、毎日、訪問していると、「目の前の人が自分」だと思えるようになるんだね。不思議なもんで。もし目の前の人が暴れていたら、それも、自分が暴れている、って思えてくるんだね。それから、僕は薬を処方する。すっかりと暴れる意欲もなくなる。「どうもありがとう」って言われた。それってやっぱ、ぼくが「どうもありがとう」っているようにしか思えなくなる。そういうふうに思い始めると、僕はいい医者って胸を張って喜べない。目の前の意欲を失った人は、ぼくなんだ、って感じてしまうんだ。家族がよろこんだといって、本人を押しのけたのにも気づかなかった、ぼくは、バカだった。バカの上塗りで、あのとき、自分の処方、すげーって思った。次々に家族が喜ぶ。さらにあの当時、地域の医師は、とりわけ、精神科でない医師は、そういう薬の効果や処方方法、副作用のチェックの仕方をしらないかった。バカもほどほどにすりゃーいいものの、「よしっ、おとなしくする薬のマニュアル」つくろうと思った。で、実際つくった。20都道府県くらいで医師研修もしちゃった。でも、やめた。それって絶対おかしい。危機的状況であれば、それを優先する、というのは、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」と憲法のコピペ。でも、いつもこの「公共の福祉」については議論が絶えないようですね。ぼくは詳しくわかっていないけどね。でもやはり、日本国憲法で保障している、基本的人権や幸福追求権、って、この薬の乱用によって、損なわれる気がするのは、ぼくだけか?


また、例のごとく、本筋に入る準備だけにおわってしまった。でも、大切な準備。つづく。


カテゴリー: 認知症の考え方