認知症診断、っていうけど その1


どーもです。今回、まあ、大胆にも、難しい問題にふれちゃう。

認知症診断

、ってなに?って話。これも続き物になりそうだから、今回は、その1。
しばしば医師にちゃんと診断してもらいたい、って言われちゃう。でね、難しい顔して煮え切らないと、しっかりと確定診断してください、って言われる。ちゃんと診断してもらいたい、まではいいけど。ちゃんと確定診断しろ、って。
でね、医者はちゃんと勉強して、ちゃんと診断してください、っていうのはいいけれど、そう言っている思いと本質的に求めている答え、ってお互いに本当に同じなのかってときどき思うことがあります。まあ、だいたい、いろいろと、がんがん主張すれば、その願いの通りになるのか、って、抽象度あげて考えると、人間関係の根本原理にも触れるような重大な問題なんだけど、ね。
まあ、まだなんのこっちゃ、って話ですね。これが正しい、とか、正しくない、とかまあ、さまざまな主張は大切。でも、みんなでそれを考えたいときには、同じ言葉をお互いに同じ意味で使わないと、ちんぷんかんぷん。そこんとこ、どうにか、しよーよ。というのが、このところの話題。ソコントコ、よろしく。


まあね、いきなり悩ましい。いったい何から書いたらいいのかねぇー。
んじゃ、アルツハイマー型認知症だね。そういえば、アルツハイマー型認知症の確定診断、ってどうするの?って、そりゃー、病理でしょー。って答えるよね。でも、そんなに病理だけで決めているわけでもない。認知症業界の神経病理の世界では、ブラーク・アンド・ブラークって人が有名だね。人っていうか、こりゃー、二人だね。この人たちって、頑張って千オーダの脳をみて、整理したんだね。アルツハイマー病での神経病理学上のステージングって、進行度合いだね、それを整理した人々。あっ、われらが小阪憲司先生。ぼく、大好きな先生。レビー小体型認知症を見つけたね。パーキンソン病も、場所違うけれど、レビー小体ってなもんが、いたりするんでしょ。最近じゃ、レビー小体病って、かなり広域の疾患概念になりつつあるよね。あー、あとさあ、ピック病の場合にはさ、ピック球ってあるらしいね。それと怒りやすいとかで有名なのは、嗜銀顆粒性認知症。文字見れば、その人の脳の組織で銀で染まりやすいところがあるんだろうね。で、すこし病理からは離れるけど、田邊敬貴先生っていう神経心理学の天才がいましたね。日本はずいぶんと失語の研究が進み、FTLD(略号の説明ははぶくよ。本筋とは関係ないし。いまはそんなもんがある、という程度でよいかと。)という上位概念、SD,PAなどの下位概念を教えてくれました。あっ、尊敬するわれらが三山吉夫先生のALS with dementia。これも病理だね。あとそういえば、遺伝子で決まるってのもあるよね。とりあえず、現時点で、病理だの神経心理だのたんぱく質だの遺伝子だの、そんな素材でいろいろと確定診断していく。FTDP-17, HD, PSP, CBD, LNTD, VaD, PSG, NTT, NHK, TBS・・・。最後の三つは、ぼくはたくさん知ってるんだぞ、って感じで。ぶっちゃけ、会社の名前だからね。真に受けないでね。小さな見栄、はりました。病理所見で決定するものもあれば、失語関連の疾患のように神経心理所見の合わせ技で病名が決定するものもある。でも、当然、神経病理の結果は、現時点ではどうしても、死後。いま、放射線医学では、特異的なたんぱく質に放射性物質をくっつけて、生きている人の脳の、そのたんぱく質があるところを光らせる技術の開発が日進月歩なので、そのうちに、変わるかもしれないけれどもね。でも、現時点では死後の話。


まあ、確定診断が、全部とは言わないけれど、それでも、だいたいが病理所見に基づくんだな、これが。なもので、とっても不便。生きている間に決着がつかないし。そんなものだから、当然、生きている間にどうにかしようと各学会が動く。それぞれの「らしい」基準を出していますね。わかりづらい? 具体的にはたとえば、レビー小体型認知症。third report of the DLB Consortium 2005による論文があって、診断基準が載っています。当然、確定診断ではない。possibleとかprobableとか、譲歩した形での臨床診断をつくってもらったんだよね。これは、ぼくはありがたかった。だってぼくは、診療することが日課。こういう症状があって、いくつか当てはまれば、自動的に手続的にそう決めてよい、ということ。臨床医にとっては優れたツールです。しかも、国際的にそう認識でよい、となっているのでこの基準の価値は大きい。別の国々の人々とも安心して話せる。同じ言葉(レビー小体型認知症)に同じ意味(診断基準を満たす人々の病名)を保証しているので、ね。たとえば、こんな風にも考えられる。論理的に言えば、臨床診断上、レビー小体型認知症だとしても、同じ病理所見があるかどうかは問わない、ということ。これは現場の医師にはきわめて重要な性質。だってそれがないと、仮置きする診断もおぼつかないんですもん。そして、この診断基準を満たす人々、に、本当にその人にレビー小体が脳にあるのかどうか、を調べるのは、たぶん、clinicopathology(臨床病理学っていうのかな?)っていう分野の人々の仕事にもなるんだろうね。それもありがたい。それぞれが、餅は餅屋で頑張れば、精度も速度も上がる。その結果、いままでのものがまずいのなら、診断基準を変えればいいじゃん。この話はレビー小体型認知症を例に出したけれど、どの原因疾患についても同じことが言えるはず。逆にね、だから、独善的に、しかも直観的に、レビー小体型認知症(なんの疾患でもいいんだけどもね。)、ってするのもいいけれど、それでは、別の良識ある集団とは議論できない。なぜなら、同じ言葉なのに同じ意味を保証しないから。でも、それでも、みんなはそう言っていないけれども、そういう特別な疾患があるんだ、というのなら、だれもが、納得できる客観的な証拠を提示する。そうすればコンセンサスを得られる。あらたな疾患として定義しなおせばいい。世にある病名はそうやって名付けられた。


ねっ、長くなりそうでしょ。かなり途中で終わってるでしょ。なので、続きは次回。


カテゴリー: 認知症の考え方