認知症の症状、っていうけど その5


非定型抗精神病薬が、認知症に使われるようになった。
小さいけれども、「視点」の変化に。

2000年初頭。

あっ、まだまだ、専門的な話が続く。
各方面の方々には申し訳ないと思いつつ、でも続ける。

海外の論文には、いろいろな臨床研究が積み上げられていた。
有名どころで言えば、たとえば、リスパダールって薬。
のむ分量、いろいろとあったけど、だいたい0.5mgという分量のむ感じ。
あっ、リスパダールっていうのは、商品名。
リスパダールそれ自体をほめちぎるわけでもなく、けなすことでもないので、一般名で書きます。
ぼくも、最近、ジェネリックも使うので。
思えば、以下、かなりずしもリスパダールの話ではないです。
一般名は、リスペリドン。
なので、なじみがないかもしれないけれど、リスペリドン、ってこれから書きます。

そもそも、リスペリドン。
これって、統合失調症の薬。

ぼくの記憶は不安。
で、添付文書をみる。
これって、医者がよく薬について調べるもの。
難しくは、薬事法に基づいて作成される公文書で、
薬の重要事項について書かれている。

で、リスペリドン。
「効能又は効果」には「統合失調症」ってある。
で、「用法及び用量」には
「通常、成人にはリスペリドンとして1回1mg1日2回より始め、徐々に増量する。維持量は通常1日2~6mgを原則として1日2回に分けて経口投与する。なお、年齢、症状により適宜増減する。ただし、1日量は12mgを超えないこと。」
ってある。

認知症の人が暴れている。
その際に、リスペリドンを使おうかと思う。
で、

Q1:認知症の人は、統合失調症でない。っていうことは、どうなるか。
Q2:用量は2mgでいいの?

って疑問。
Q1は保険診療上の問題。Q2は医療上の問題。

A1:適応外使用とか、オフラベル、とかいうんだけど、
ともかく、保険診療内で薬がださない、ってこと。
でも、一言では言えない、いろんな背景があったんだろうね。
複雑なことになっている。
平成23年9月28日に、
「医薬品の適応外使用に係る保険診療上の取扱いについて」というのが、宛先「地方厚生(支)局医療課長」などで、差出「厚生労働省保険局医療課長」などで、文章が出た。
リスペリドンについて書いてある。
「○ 使用例 原則として、「リスペリドン【内服薬】」を「器質的疾患に伴うせん妄・精神運動興奮状態・易怒性」、「パーキンソン病に伴う幻覚」に対して処方した場合、当該使用事例を審査上認める。」とある。
まあ、適応は広げない。
でも、一部上記の適応症に対しては、保険診療できる、といってるんだね。
ややこしいけど。

で、A2について。
アメリカの当局、FDAだね、では、2005年、ブラックボックス警告、っていうのを出した。
なにか、っていうと、こういった類の薬のむと、飲まない人に比べて死亡率が1.7倍だけあがるっていうんだ。
使用制限的な勧告だね。
たぶん背景には、抗精神病薬の、どうみても、不適切な使用、と思えるような処方が、あちこちであったからだろうね。
んじゃ、害があるってんだったら、のませなきゃいい、って、思う。
でも、この議論、単純におまらなかった。
どうしても飲ませなければならない、ってんだったら、せめて、どれにするか、っていう議論もあったりした。
イギリスにも、この問題意識があって、こういった類の薬の処方数量を、国が監視している。
日本では、あんま、まだない。
というか、〇〇法、などといって、こういった類の、しかも、より副作用の強い薬の使用を推進しているがごとくの本やネット情報が氾濫し始めている。
しかも、非専門医の支持を集めている。
ぼくは、やっぱ、餅は餅屋、って思う。
こういう薬の使用経験が違うし。
副作用も知ってるし。
でも、認知症は、人数が、すごいから、かかりつけの先生が、死ぬまでみる、っていうのが、妥当だとも思いつつ。
よりナチュナルな連携ってなんだろ、と思ってる。
専門科を問わず、みんなで一緒にやっていければいいなあ。

ともあれ、統合失調症における、抗精神病薬の深刻な副作用に着目し、よりよい薬が市場に出回ったけど、それが、認知症に使われるようになった。
この時点前夜、やっと、認知症に対する使用であっても、副作用を気にするようになったともいえる。
若い人よりも、少ない量でも、副作用出る。
そして、命にかかわる問題に発展することもある。
虚弱、高齢な人が多いから、当たり前だけど。

当然の帰着として、すごい少量での処方が、だんだん、専門医にも浸透するんだね。
たぶん、専門が、出すのに、妥当だと思う分量は、リスペリドンの場合、0.5mgだろうね。
結構効く。
まあこの効くっていうのも曲者だけど。
結構、静かになる、と書いたほうが自然かなあ。

でもぼくの訪問先で、0.25mgでも、錐体外路症状がでるってこともあった。
たしかに、やめると止まる。
飲めば、でるんだ。
で、別の理由で、飲むのをやめることができない、っていう問題を抱えていた。
だから、間欠的に0.25mgを止めたり、使ったり、だった。
60代の若い人だったんだけどね。

でだ。
統合失調症の初期の用量、2mgだよね。
これは、多すぎ、って、という意識は、当然芽生えてきた時期。
専門医は、だれもがそう思っていると思う。
そこにあるのは、医療者の視点の変化。

飲む側の副作用を見つめる視点が生まれる。
そのときに、芽生える意識、ってある。
この時点では、まだ小さな視点の変化。
でも、なぜ、副作用に、当たり前なのだけれど、着目するのか。
副作用って、出るのは、飲む本人。
ということは。
飲む側の立場で考えようとするからだね。
そういう視点をえることによって、つぎのようにさらに変化するのは、自然の摂理。

つまり、本人が、こういった薬をリスクを抱え込みつつ飲む、ってどういうこと?っていう視点、だよね。

介護者や家族だけのための医療、からの脱却のはじまり。

周りの人のための医療って、それは本人にとっての、なんだろね。

視点の変化がもたらすものって、そんな感じ。



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