認知症の薬を効かせる秘密(14)効果その8


やっとまずはの結論部分。

くどい内容でした。

にも関わらずお付き合いくださってありがとうございました。

さて先ほどのスターンらの報告から、その人の個別状況に合わせた線。

この場合には最初のADASの得点ですね。

赤い点線で示しました。

最近は個人情報保護法は厳しくなり、そもそも医師には守秘義務があります。

だからこのグラフは実際のものに沿って僕が勝手に作り変えたものです。

実際に測った値は青い丸で示した通りです。

臨床試験の6ヶ月超えて赤い曲線は示すことができることは前回の話でしました。

だから薬の効果を臨床試験の6ヶ月を超えて知ることができます。

もし赤い点線の周辺に丸があるのであれば、薬が効いていない。

そういうことになりますね。

とりあえずは赤い点線よりも上にあれば結果として薬が効いている。

そう考えて良さそうですね。

実際に当クリニックでは薬を飲んでいなくても飲んでいても基本的には皆さんに半年ごとにこの検査をして結果を返しています。

確かに薬を飲まない人は多くは赤い点線の周りに丸が位置します。

飲めば大抵赤い点線の上に行きます。

不思議ですね。

でもスターンらの曲線はそれを保証しているわけですから不思議でもないはずなのですが。

そして薬の効果については臨床試験の長さよりもはるかに長い期間で評価ができることもわかりましたね。

途中で薬をやめたり飲まなかったりした場合でも下がります。

効果が弱いと同じように下がります。

話は長かったですね。

ここまで読んでいただけて感謝します。

ちゃんとした「効き目」について理解されたことでしょう。

認知症の薬も単純に血圧の薬に対する血圧計による評価と同じように、客観的に評価すればいいのです。

あなたの一生はかけがいのないものです。

そして認知症の薬はあなたの人生を支えるのにほんの一部でしかないけれど、大切だと思います。

今はまだ有効な予防法が何一つないご時世ですから、なおのこと。

エビデンスがある薬だとて、効き目がないということがわかれば中止するしかない。

増量のタイミングも効果が前よりも薄いとわかってから増量すればいいのではないでしょうか。

もう一つ。

これらの一連の話。

アルツハイマー型認知症と診断された人の話かのように思えることでしょう。

その診断自体も時代とともに変化します。

認知症の薬が発見され薬として使われ始めたのは世界的に2000年前後です。

その当時臨床試験でも今では分けて考える疾患も、この当時まとめて考えていた可能性があります。

僕の直感はさておき、時代背景を加味すれば。

認知症の薬、どの病気に効くか効かないかは本当のところわかりません。

だったら、効く可能性があれば飲めばいい。

効かなければ止める。

確かなる判断材料がない。

そんなときには僕はそう考えます。

詳しく書いてきましたが、元にしたデータはインタビューフォームからのみ。

薬に関する臨床試験には莫大なお金と労力がかかります。

それによって初めて得られるエビデンスがあります。

人類の宝です。

それ以降なかなか信頼に足る情報が出てきません。

ある意味で当たり前です。

科学的なエビデンスも社会の仕組みに依存するのですから。

少ない情報を最大限に生かす。

だからともかく「僕的オリジナルな話」は極力抑えました。

 

今後の展望:

そして薬の効果を測れることは、データを蓄積することで、もっと個別の状況に合わせた変化を予測できる可能性も見えてきました。

今やビッグデータ、ディープラーニング時代です。

スパース(疎)なデータであっても大量にあることで、様々な予測ができるようなアルゴリズムが開発されています。

脳画像もディープラーニングでの畳み込みの技術(画像における特徴量を効率よく効果的に抽出する技術)が発達しましたので、こういった予測に利用ができる可能性もあります。

予防法があちらこちらでいろんなことを専門家が思いつく割には現時点で確かなエビデンスが得られていない。

エビデンスがなくては人にも勧められません。

認知症の人は実験台ではないのですから。

もしかして予防法に問題があるのではなくて、感度が良くて信頼できる測定法が確立されていない可能性も指摘できるかもしれません。

(あっ。とはいってもエビデンスがない限り、僕は予防法を勧めないことには変わりありません。効くかもしれないと言いつつ、もし効かなかったら誰がその人の人生の大切な時間を無駄にさせたことの責任を取るのでしょうか。)

認知機能の変化に関するデータがもっともっと蓄積される。

それを解析する。

介入可能な要因が認知機能低下に影響を及ぼすことが分かる。

それを切り口に予防法が見えてくるのかもしれません。

結語:

薬を飲んでも認知症は進行します。

飲まないよりはいいとしても。

だから。

いまは「認知症になって良い」と認知症になることを前向きに肯定できる。

そう認知症の人々が思えること。

同時に周囲の人を含めて周囲全体のそのように思えるような社会環境の整備。

これが大切。

そう僕は思うのです。

その上で、自らの認知機能の変化に対する合理的な理解とそこに向けた合理的な配慮の内容を育てていくことが真っ先にすべきことだと思うのです。

前のブログに少し触れていますが、

例えば「もの忘れ」という言葉も合理的な理解ではない。

だからそのことを礎に合理的配慮を構成できない。

認知症の人々の認知機能低下に伴う困りごとを合理的に理解することは難しい。

でも少しづつでもそんな視点で困りごとの記述ができれば、きっと役に立つでしょう。

認知症の人も、その周りでともに過ごす人も。

また時間があるときに書きたいと思います。

くどくど、長々、と書きました。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

木之下徹拝

 


カテゴリー: 認知症の薬