「もの忘れ」はやめた方がいい(05)


記憶障害について配慮の対象と言いたいのだけれど。

ここで「もの忘れ」だと配慮の対象となりにくい。

なぜなら本人の視点からは、ずれた認識だから。

何に配慮したら良いのか、わからなくなる。

繰り返しになります。

合理的配慮。

障害者権利条約からの改正障害者基本法の目玉。

残念ながら認知症施策推進大綱ではその話は無し。

認知症の人が障害者のなかに含まれれば障害者権利条約との法的な整合性求められる。

でも大綱ではこの点は一切というほど触れられていない。

つまり合理的配慮については一瞥もしないことはすなわち。

認知症施策推進大綱において、認知症の人は障害者ではない、という主張を暗にしている。

わかりやすい。

でもそれでいいの?

ちなみに大綱では合理的配慮に触れていないどころか「BPSDに対応するに当たっては、病識を欠くことがあり、症状によっては本人の意思に反したり行動を制限したりする必要がある。」とも書かれている。

えっ?

うそ?

本当です。

僕は単にコピペしただけ。

本当にそう書いてある。

で、こんな大きな取り決めの中に「人の意思に反して行動を制限する」ことを宣言してしまっていいのだろうか。

大綱って、いいこともたくさん書かれているんですよ。

この文章には。

自分の目を疑いました。

うっかり、なのかなあ。

うっかりにしては文字数多いし、手がこんでいます。

おそらく書いた人にこのことを指摘しても、どこが悪いのかはわからないのだろうと思う。

普段から認知症の人のことをそう考えているんだろうな。

でもこのせいで、そのあとにどんな美辞麗句が連らなれようが「人権が尊重される」保証がなくなってしまった。

この際だから大綱には期待せずに、一方的に僕の感想。

僕は認知症の人に対しても合理的配慮が求められてもいいのではないか、と思うのです。

あっ。

うっかり長くなってしまった。

すみません。

次こそ配慮と「記憶しづらさ」と「もの忘れ」について考えます。

木之下徹 拝

 

 


カテゴリー: 認知症の考え方